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[主な“外部脳”としてnoteを使用しているため、こちらにはnoteから転記した文章が多くなる。もう一つの保存場所というようなイメージ]
プロフィール
HN:
Wahrheit
年齢:
35
性別:
非公開
誕生日:
1990/07/22
自己紹介:
観測・収集・編纂・断章。非ロマン思想と、ロマン的表現の両立。JubelとÜbel。精神的環世界説。
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生ぬるい風の生成にしたがって
それは垂れ下がり、
ゆらゆらと揺すられる。

ライムグリーンをした
繊維の集積は、
人にそれを
葉のようにみせる。




風の冷たさを
頬と耳のどちらがより
敏く感じているかを
確かめている。

わからないな。




青葉の色は
赫の色素をも抱える。




貴方が何処に居たのか
わからないけれど、
結局ここに居ることを
教えてくれている。
jubel.




黄色い二つの個[じつは一つである]から、
立ちのぼるようにして
私の輪郭が描かれる。
冬はまだ終わらずに居る。




しょうもないことを、書き留めることで
存えている。




薄桃色のやわらかい丸みが
幾重にもなって
その構造を表している。

冬が終わったか定かではないが
バラの花は咲いていた。




私がこちらから歩いてきて
向こうから出てくる私が出現するが、
尤もそれは
私の為に置かれた装置ではない。




赤と黄色の印は
朝からうごいている。
そこに人が集り、
飯を食う。
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私の言い表すJubelとは、大げさなよろこびでなくて良い。ただ静かでも密やかでも、えも言われぬ自己満足を己にもたらす物事。
(noteより転記)
ゼブラ・サラサクリップの緑。
筆記具は筆記に用いるのが正当であることを承知していながら、私はこの緑のサラサのインクが、芯の中に凝縮された黒板のような色をしている状態がとても好きだ。
なので緑のサラサは、筆記具として使うこともあるが、おかしな話「鑑賞用」のような意味合いも私にとってはある。
些細な歓喜がこの透明な筒の中に詰まっているのだ。

真理は表面的なものかもしれない。


こんな名前を名乗る時点でそうだが、私は「真理(Wahrheit)」に対してこだわりがある。ただ、真理を深遠なものや神的な存在とは見なさないのが今の私で、そこにそのまま現れた「表面」さえも真理なのではないか?というスタンスすら取る。その行き着く先が、現象学的な記述スタイルだったのかもしれない。



記述(駐輪場)


秩序に基づいて並んだ
無数の鉄の環。
なかには転んでいるものもある。

駐輪場はしずかだ。




(それぞれnoteより転記)
(noteより転記)

高度な知性と感情をもつ「生物」に生まれたがゆえ、本能的な範疇に情緒が入り混じって形成されたのがわれわれである。

愛とはその上で、人に依ってはそれが与えられないと生きられないとも錯覚される幻想的な概念で、何ら生の中核ではないのだ。

宗教をつくって心を落ち着けるのと根源は似ているが、その実体は巣の中で餌を待つ小鳥のようでもある。

かつて何処かに親鳥たる存在が居ると信じていた過去の私を、私は今ここから観ている。

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