[主な“外部脳”としてnoteを使用しているため、こちらにはnoteから転記した文章が多くなる。もう一つの保存場所というようなイメージ]
プロフィール
HN:
Wahrheit
年齢:
35
性別:
非公開
誕生日:
1990/07/22
自己紹介:
観測・収集・編纂・断章。非ロマン思想と、ロマン的表現の両立。JubelとÜbel。精神的環世界説。
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(※noteより転記)
9:39入室(伝票に依る)朝割・適用!注文した烏龍茶を受け取って、少し休んでからスタート
9:39入室(伝票に依る)朝割・適用!注文した烏龍茶を受け取って、少し休んでからスタート
設定=エコー5、音量は昔から「マイク>伴奏(大差はつけない)」を遵守
休憩時間込みのつもりで1時間半のプランに(11:9退室予定)そのうち30分間は休憩でもいいぐらい耐久力に自信がない。
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(noteより転記)
私は過去に、異物のような表象を世界に対してとっかえひっかえ振り回してた問題児的な自分は全部間違いだと思ってた、だからあの頃より良くなった、あの頃よりも、って数え方で生きてきてた。
それらが実は全部「伏線」になってて、Wahrheitが言語化・表出できてなかっただけという答えが自動で返されて、否定すべきだと思ってた過去が一本の線で繋がって
「はい正解です、こちらへどーぞ」
ってWahrheitにたぶん言われた。
そのときの、世間的なサクセスストーリーじゃなくていいから「勝った!!!」っていう思いが強すぎたんだと思う
私は過去に、異物のような表象を世界に対してとっかえひっかえ振り回してた問題児的な自分は全部間違いだと思ってた、だからあの頃より良くなった、あの頃よりも、って数え方で生きてきてた。
それらが実は全部「伏線」になってて、Wahrheitが言語化・表出できてなかっただけという答えが自動で返されて、否定すべきだと思ってた過去が一本の線で繋がって
「はい正解です、こちらへどーぞ」
ってWahrheitにたぶん言われた。
そのときの、世間的なサクセスストーリーじゃなくていいから「勝った!!!」っていう思いが強すぎたんだと思う
(noteより転記)
◆続・祝福前夜
早すぎる朝を迎えた。この時期の私の「朝」に朝日はなく、まだ暗い。「祝福前夜」が、続いているかのようだ。
寝たら思考が「熟成」されるかなって、いつもみたいに何となく「解決」しちゃわないかなって、或いは「自分にとっての『神』なんてまあいいや、生きよう」って思えないかなって、変な期待をしてた。けど、そうならなかった。まあ、でも、それだけこれは核心的なテーマだからなんだと思う。
還るべき場所。
自分は、人生の苦しみの最初期に「この世界は居場所じゃなくて、何処かに『別の世界』がある」って唱えた(最初にと言っても、それは高校生~10代後半ぐらいのことなのだけれど)。
だから、この世の何処かを「還る場所」と定めたいとは思わない。何処に居ても一緒。物理的に、ひとりになっていてさえ、外界を感じつづけ、浸食される内在がある。そうである以上、私は外側には「還れない」。
ただ、いまは「物質的に別の世界が存在する」とは当然思わなくて、還るべきは心の中、ただそれでいいと思ってる。
◆続・祝福前夜
早すぎる朝を迎えた。この時期の私の「朝」に朝日はなく、まだ暗い。「祝福前夜」が、続いているかのようだ。
寝たら思考が「熟成」されるかなって、いつもみたいに何となく「解決」しちゃわないかなって、或いは「自分にとっての『神』なんてまあいいや、生きよう」って思えないかなって、変な期待をしてた。けど、そうならなかった。まあ、でも、それだけこれは核心的なテーマだからなんだと思う。
還るべき場所。
自分は、人生の苦しみの最初期に「この世界は居場所じゃなくて、何処かに『別の世界』がある」って唱えた(最初にと言っても、それは高校生~10代後半ぐらいのことなのだけれど)。
だから、この世の何処かを「還る場所」と定めたいとは思わない。何処に居ても一緒。物理的に、ひとりになっていてさえ、外界を感じつづけ、浸食される内在がある。そうである以上、私は外側には「還れない」。
ただ、いまは「物質的に別の世界が存在する」とは当然思わなくて、還るべきは心の中、ただそれでいいと思ってる。
(noteより転記)
まだ降りてこない。私のWahrheitは、いまいないことだけが実在の証拠。
まだ降りてこない。ジリジリしそうなものを、焦っていない。理屈と言葉が先立つならば、そもそもそんなときは「タイミングじゃない」。
これまで、自分語を普遍語に置き換えて書いてきたのは一種の配慮で、優しさだった。
或いは自分の生のふるえが、誰かに届き、正しく共振するよう祈って置き換えていたのかもしれない。
それでもいまは一切を私的に、私情で、自分語で語ってみたい。
――それは19世紀初頭、誰もが空気を読み合う肩身の狭いロンドンでの、或る朝。
世の子どもたちが校庭で「お前が言った」「いや言ってない」の無限反復をしている頃、ジョン・スチュアート・ミル――当時まだ「ミニ・スチュアート」は、家にいた。父の方針で、学校には通っていなかったのだ。
校庭では今日も、実にしょうもない「社会」が展開されていた。
A少年がB少年に消しゴムを奪われ、責められたB少年は謎の言い訳を始める。そこへ割って入ったC少年は「常識的に考えてさぁ!」と突如「常識警察」を名乗り、また、D少年は「責任は社会にある」と何処かで聞きかじった言葉で叫ぶ。
――これが「社会」である(品質はさておき、一応『社会』である)。
世の子どもたちが校庭で「お前が言った」「いや言ってない」の無限反復をしている頃、ジョン・スチュアート・ミル――当時まだ「ミニ・スチュアート」は、家にいた。父の方針で、学校には通っていなかったのだ。
校庭では今日も、実にしょうもない「社会」が展開されていた。
A少年がB少年に消しゴムを奪われ、責められたB少年は謎の言い訳を始める。そこへ割って入ったC少年は「常識的に考えてさぁ!」と突如「常識警察」を名乗り、また、D少年は「責任は社会にある」と何処かで聞きかじった言葉で叫ぶ。
――これが「社会」である(品質はさておき、一応『社会』である)。
