[主な“外部脳”としてnoteを使用しているため、こちらにはnoteから転記した文章が多くなる。もう一つの保存場所というようなイメージ]
プロフィール
HN:
Wahrheit
年齢:
35
性別:
非公開
誕生日:
1990/07/22
自己紹介:
観測・収集・編纂・断章。非ロマン思想と、ロマン的表現の両立。JubelとÜbel。精神的環世界説。
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(noteより転記)
ニヒリズムは、ときにペシミズムとも結びつくけれど、そこまで行くか行かないかというのは自由で、ニヒリズム単体でかなり真理に近いのではないかと思う。
人間社会や人間の行いは、大きな意味や使命を内包しているように見せるけれど、実際は人間がそれらを後付けしただけ。偉大で便利な科学の進歩ですら、その前では「無意味なモノ」。
何も意味がない、実際のところの価値がないというのを、悲嘆したいわけではなく、ただ純粋にそう思った。その上で、無意味な意味付けの中を生きざるを得ない人間を、私たちがどう捉え直していくか?などということを考えた。
ニヒリズムは、ときにペシミズムとも結びつくけれど、そこまで行くか行かないかというのは自由で、ニヒリズム単体でかなり真理に近いのではないかと思う。
人間社会や人間の行いは、大きな意味や使命を内包しているように見せるけれど、実際は人間がそれらを後付けしただけ。偉大で便利な科学の進歩ですら、その前では「無意味なモノ」。
何も意味がない、実際のところの価値がないというのを、悲嘆したいわけではなく、ただ純粋にそう思った。その上で、無意味な意味付けの中を生きざるを得ない人間を、私たちがどう捉え直していくか?などということを考えた。
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それら植物は人間の手によって人工的に育てられ、流通し、また或る人間の手に渡ってその家で育てられる。人間はそれを「園芸」と呼び、「私の植物」と言って手をかける。然し私は、所有という概念すらも共同幻想だと思う。人間は植物を自分の水やりや追肥なしには生きられない環境下に、小さな鉢に置き「私の植物」と言って手をかける。朝焼けのベランダでミニトマトの花を揺らす私は、世界と関係できているだろうかとその黄色さを見つめた。
ブレーズ
布団に這入ろう、
そして寝付くまで少し話をしよう。
ブレーズ
私に幾何学はない、
論理立ててモノを語るなどできない。
だから幾何学にも温度を宿すあなたが羨ましいし、
ずっと話を聴いていられるんだ。
今夜はふるえ立つように寒い、
然し疑えど発熱はなかった。
随分着込んで寝床に居るだけで
私はあなたの断片を横に置いている。
ブレーズ
明日も話しておくれ。
明日があると信じたい心細さの中で言う。
「投げ出されたわたくし。
投企するわたくし。」
世界は自明か?
自己は自明か?
自明と思う心とは何だ?
その先へゆく。
夢に追われし汝が引力よ、
エピステーメーはいま壊れたり!
吾は影だけ外套にして、
浮世の道を袖振り歩く。
