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[主な“外部脳”としてnoteを使用しているため、こちらにはnoteから転記した文章が多くなる。もう一つの保存場所というようなイメージ]
プロフィール
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Wahrheit
年齢:
35
性別:
非公開
誕生日:
1990/07/22
自己紹介:
観測・収集・編纂・断章。非ロマン思想と、ロマン的表現の両立。JubelとÜbel。精神的環世界説。
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(noteより転記)



(※下書きの段階で視聴を進めながら書いていたが、第一部視聴を終えたので整理して投稿。細かい視聴メモは鍵ブログに個人で保管。ここでは特に印象的だった事柄だけつまんで感想を書く。ネタバレに注意されたし)




アムロ・レイ。「モビルスーツに乗って戦うほうがよっぽど僕らしくないよ!」釈然としないまま戦場に立ち、大義のためでなくただ生き延びるために戦い、断裂する自己像。

ブライト・ノア。「スパロボ」でガンダムを知った頃は「ブライトさん」と呼んでたし、大人の象徴みたいだったが、社員でいうと新卒ぐらいの若さでこの立場、上層部と現場の板挟みになるしんどさ。

マチルダ中尉の去り際の敬礼に対して、アムロが長く敬礼を返し続けるシーンのただならぬ気配。

シャアとガルマ。「君はいい友人だったが、君の父上がいけないのだよ」この辺はシャアとジオン公国・ザビ家それぞれへの感情を把握しておきたい(漫画のTHE ORIGINのシャアの過去編が補助文献によいらしい)

ガルマのガウでの特攻――「公国に栄光あれ!」と叫びながらも、最期に脳裏に浮かぶのは光の中のイセリナ。空しい。(ここは第一部で一番好きなシーンかもしれない)

葬儀では大義のために死んだみたいに祀り上げられるガルマ像と、本人の実像の差もその空虚さに「来る」ものがあった。あのシーンの「ザビ」コールと「ジーク・ジオン」連呼の宗教的な響きも忘れられない。

ランバ・ラルも出たな(名前言われなかった気がするけど、顔と名前が知識として脳内にあったので『あ、この人だ』と)。アムロを、敵だから即座に始末するんじゃなくて、一度見逃すっていう不思議な感触の交戦。あと調べたらこの人35歳ってそれはおかしいよ、私とタメじゃないか…

そういえばニュータイプの概念もさらっと匂わせがあった。「ちょっと勘のいい、エスパーみたいなもの」とふんわりした説明ではあったが、既にアムロにその兆候が見えているようなシーンがあったのも気にかかる。本人すら無自覚そうではあるが。



第二部(哀・戦士編)に行く前に、宇宙世紀の年表を一年戦争の前までざっと見ておいた。「THE ORIGIN」も視野に入れてはいる。ただしっかり触れきる前に「続きを観たい」の願望が勝る可能性がある(苦笑)。


これをnoteに投稿したのち「THE ORIGIN」9巻(シャア・セイラ編・前)を読んだので、それについても少し触れておきたい。

宇宙世紀の年表を見るとその生誕が記されているキャスバル・レム・ダイクンという人物の正体。シャアのザビ家に対する感情は、後からの「こじらせ」や何かではなく、思ったよりずっと根源的で根深いものらしいこと。

幼いキャスバルの、既にある強い矜持、毅然とした態度、敵を敵だと認識し、なぜ敵なのか解ってしまう在り方。対してアルテイシアが、共感・感覚ベースで世界を見ている、この決定的な差。

また、ガルマの葬儀で演説をしていた人物が「ギレン・ザビ」であることや、その地位も知ることができた。



思えばガンダムは、ひとりの人物でもこうして「現在・過去・未来」と、色んな時間軸で描く。幼い姿も老練の姿も、その果ての散り際すらも描写される。私は一般的なアニメで「今ここの人物」しか描いてないのにすごく違和感を覚えてたタイプだから、ガンダム作品はとても好きかもしれない。

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