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[主な“外部脳”としてnoteを使用しているため、こちらにはnoteから転記した文章が多くなる。もう一つの保存場所というようなイメージ]
プロフィール
HN:
Wahrheit
年齢:
35
性別:
非公開
誕生日:
1990/07/22
自己紹介:
観測・収集・編纂・断章。非ロマン思想と、ロマン的表現の両立。JubelとÜbel。精神的環世界説。
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よい暮らし方とは何だろう。然しここで「よい」と言っては些か不正確である。私がしたいのは、私が心底満足し腑に落ちるような暮らし方だ。

それにあたって、たくさんスケジュールを詰めることが正解だとも言えない。かといって、何の予定も入れず外出もせず過ごすのは性に合わない。

暮らしの中で私が何をしているかということよりは、どんな気持ちで居るかという抽象的な事柄が大切なような気がしている。では「よい気持ち」を運んでくる暮らしがどんな暮らしなのかを考えねばなるまい。





「自分の機嫌を自分で取る」とは、世間でよく言われる。これに対して、私は別段不正解だとも思わないものの、これが「絶対的な大人のマナー」のように語られる時、私は吐き気のような嫌悪感を覚える。これを自律的にやるうちはよいものの、押し付けであってはならないような気がする。

ただ、そういう仕方で表現するなら、自分の気分がよくなるような物事を識っておくことはとても大切であろう。

何が私を快くしているのか。それは明らかにこういう思考の時間であり、或いはタイピングや筆記などアウトプットの時間そのものである。

または、声としての表現。話すことや歌うこともとても好きだ――それらは独語や独唱でも何ら構わない。

然し私とて、アウトプットすべき思考が四六時中浮かんでくるわけでもない――それではさすがに息苦しいのではなかろうか――だが、それでも書きたいと思うことが多々ある。タイピングや筆記に時間を費やせたらどれほど快いだろうと考えることがある。

だが「書くために書く」という人は少ない気がする。パソコンでタイピングしている人もそうだろうし、手書きを好む手帳ユーザーや「文具沼」の人々でも、無為に何かしら書くという人をあまり見聞きしない――或いはマジョリティでないためて目につかないだけなのかもしれないが。

書くために書く人は「ペン字」「美文字」という分野に居ることが多いように思う。然しそういうことがしたいわけでもない。筆跡を整えたいのではないのだ。筆跡を整えることは、やや物騒に言えば一種の自己を殺すことですらある。

正解があって、合わせていくという仕方に、私はどうもなじまない。

――思うにこの雑考にも正解がないのだ。
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