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[主な“外部脳”としてnoteを使用しているため、こちらにはnoteから転記した文章が多くなる。もう一つの保存場所というようなイメージ]
プロフィール
HN:
Wahrheit
年齢:
35
性別:
非公開
誕生日:
1990/07/22
自己紹介:
観測・収集・編纂・断章。非ロマン思想と、ロマン的表現の両立。JubelとÜbel。精神的環世界説。
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(noteより転記)



ウンベルト・エーコの「前日島」という小説を、中学3年生の頃、異様に愛してた。

海上で難破してダフネという船に辿り着いたロベルトという人の話。彼の陰鬱な精神の描写、激しい妄想、その中から導き出した独自の答えが向かっていくラスト。

全体的に文体や言い回しは硬質だったし、序盤のダフネ内の構造の話は難しく、ましてアファンタジア傾向のある私では文章から船内を想像することはならなかったけれど、ロベルトという人の悲劇的思想とその世界観だけでずーっと読んでいられた――そんな彼が自分なりに妄想を繋ぎ合わせ、答えを出して「万に一つの望みを賭けた行動」をとる結末に繋がるのも美しかった。





(思うに、小説はずっと苦手なつもりだったが『前日島』を現象としてだけで読めていたことを鑑みると…一般的な小説によくある、視覚的なものの文章での描写や、人物の関係や、それらの把握の必要性よりも、抒情の部分が大きくなると勝手に他の部分を無視して惹かれる傾向があるかもしれない)

そしていまになって、エーコは哲学者でもあったと聞きかじったのだが…私は中1で学年主任の先生に「お前は若いのに、哲学者みたいだなぁ」と言われた――それをずーっと覚えていたのが35歳にして哲学沼に入ったきっかけでもある――にも拘らず、当時は「ならば、その哲学とは何ぞや?」とニーチェの解説テキストを買って、読んでみても何だかよく解らないままだったのだ。それが今になって、何だって?あの頃知らぬうちに、もう哲学者に触れていただと…?

ちなみに、あの頃買ったテキストには、ニーチェはニーチェでも「深淵」とか「ニヒリズム」「神は死んだ」とかではなく「どうして同情してはいけないのか」と書いてあったな。自分なりにその本を読んだことは読んだらしくて、ドッグイヤーの痕跡も幾つかあったけれど、当時の自分にはまだ明瞭には思えなかったみたいだ。

この本、最近になって序文だけ読み直してみたが、アメリカの同時多発テロのことがまず書かれていて、それを遠く離れた日本の人が「フィクションのようだ」と思ってしまう理由は…みたいなことが綴られていた。それ以上読み返してはいないのだが、その序文をみるに「同情」というのも「防衛」のひとつかもしれないし、或いは「憐れんであげている私」という上から目線に酔ってる場合だってある。そこからは、何となく「ルサンチマン」が思い出された。

然し振り返ると、これは何という伏線回収劇…エーコ殿、「前日島」を書いてくれてありがとう。あとあの頃の私も、よく書店でその本を手に取ったな、ありがとう。
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