[主な“外部脳”としてnoteを使用しているため、こちらにはnoteから転記した文章が多くなる。もう一つの保存場所というようなイメージ]
プロフィール
HN:
Wahrheit
年齢:
35
性別:
非公開
誕生日:
1990/07/22
自己紹介:
観測・収集・編纂・断章。非ロマン思想と、ロマン的表現の両立。JubelとÜbel。精神的環世界説。
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(noteより転記)
もうはっきりと自認できるが「葬送のフリーレン」のユーベルというキャラクターは、この年齢になって「過去一」と言ってよいほど思い入れ(?)のあるキャラクターになっている。
その気持ちは、最早「推し」の域も超え出ているように感じるので、それがどういうことか少し書き表して整理してみたく思う。
ユーベルは、倫理というものについては、生まれつきなのか抜け落ちているが、同時にしょうもない理屈や常識も抜け落ちている。
なので「布だから/髪だから、切れるものだから切れる」という理解の仕方ひとつを純粋に信じて、強い魔力で作られた物質をも切り裂いてしまう人物だ。
人の命を奪って反省もないのは、現実なら何とも言えないところだけど、思考実験的なフィクションのキャラとして見るならこの彼女固有な感覚は興味深いな…と思ううち、いつしかユーベルという人物は、強く思い入れる対象になっていた。
正直、ユーベルそのものは、ビジュアルがめちゃくちゃ自分に対して刺さってるのでもない・人としてどうかと言うのは前述のように判断しにくい・だから何故そんなに惹きつけられるか言語化できない、という状態だった。
それでも、私は己が感じるままに「それでも目が離せない存在だ」と、ユーベルのグッズを集め始めた。
そんな彼女のグッズを見るたび、それら全般に、あらゆる事物を「ずらす」可能性が、ちょっとずつ宿っている感じすら、今の私は勝手に感じているのだ。
(JubelとÜbelという二つの語を、自分語として再解釈しつつ自分の文章に登場させるのも、この「ユーベル」の影響が実は大いにあり、彼女は憧れや模範の対象より、恋愛的な感情を抱きうる対象より、もっと大きく私を動かしているかもしれない)
ユーベルのグッズが配置された自室に居ると、まるで彼女の魔法が成すような「切断」の雰囲気をも感じることが度々ある。
単一のものが連続してしまうという、悪い意味での普通さ、凡庸さを「それが続くなんて、なんと有難い日常」と解釈することは私には困難だが、彼女の存在ひとつがそれらを「大体何でも切る」。
思うに、私はユーベルの要素の中で、他のどれよりも、そういう「異質な構造」を好んでいるのだろう。
だから、グッズを配置して眺めていても「可愛い」「尊い」というよりは「日常が変質した感じがする」「何だか快い」という不思議な満足感を覚えるのだ。

もうはっきりと自認できるが「葬送のフリーレン」のユーベルというキャラクターは、この年齢になって「過去一」と言ってよいほど思い入れ(?)のあるキャラクターになっている。
その気持ちは、最早「推し」の域も超え出ているように感じるので、それがどういうことか少し書き表して整理してみたく思う。
ユーベルは、倫理というものについては、生まれつきなのか抜け落ちているが、同時にしょうもない理屈や常識も抜け落ちている。
なので「布だから/髪だから、切れるものだから切れる」という理解の仕方ひとつを純粋に信じて、強い魔力で作られた物質をも切り裂いてしまう人物だ。
人の命を奪って反省もないのは、現実なら何とも言えないところだけど、思考実験的なフィクションのキャラとして見るならこの彼女固有な感覚は興味深いな…と思ううち、いつしかユーベルという人物は、強く思い入れる対象になっていた。
正直、ユーベルそのものは、ビジュアルがめちゃくちゃ自分に対して刺さってるのでもない・人としてどうかと言うのは前述のように判断しにくい・だから何故そんなに惹きつけられるか言語化できない、という状態だった。
それでも、私は己が感じるままに「それでも目が離せない存在だ」と、ユーベルのグッズを集め始めた。
そんな彼女のグッズを見るたび、それら全般に、あらゆる事物を「ずらす」可能性が、ちょっとずつ宿っている感じすら、今の私は勝手に感じているのだ。
(JubelとÜbelという二つの語を、自分語として再解釈しつつ自分の文章に登場させるのも、この「ユーベル」の影響が実は大いにあり、彼女は憧れや模範の対象より、恋愛的な感情を抱きうる対象より、もっと大きく私を動かしているかもしれない)
ユーベルのグッズが配置された自室に居ると、まるで彼女の魔法が成すような「切断」の雰囲気をも感じることが度々ある。
単一のものが連続してしまうという、悪い意味での普通さ、凡庸さを「それが続くなんて、なんと有難い日常」と解釈することは私には困難だが、彼女の存在ひとつがそれらを「大体何でも切る」。
思うに、私はユーベルの要素の中で、他のどれよりも、そういう「異質な構造」を好んでいるのだろう。
だから、グッズを配置して眺めていても「可愛い」「尊い」というよりは「日常が変質した感じがする」「何だか快い」という不思議な満足感を覚えるのだ。
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