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[主な“外部脳”としてnoteを使用しているため、こちらにはnoteから転記した文章が多くなる。もう一つの保存場所というようなイメージ]
プロフィール
HN:
Wahrheit
年齢:
35
性別:
非公開
誕生日:
1990/07/22
自己紹介:
観測・収集・編纂・断章。非ロマン思想と、ロマン的表現の両立。JubelとÜbel。精神的環世界説。
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(noteより転記)




デリダの解説書を読んでから「答えを出さないこと」「定義しないこと」を改めて考えてる。

中学時代、学校にスクールカウンセラーが居て、話したことがあった。私の悩みを聞いて、スクールカウンセラーは「ありのままの自分を受け入れるのよ」と言った。半分は、まあ納得したし、しばらくそれを人生の目標にしてた。

ただ、もう半分は「ありのままって、どれのことだ?」っていう疑問だった――それは30代になってから、心理学ではなく哲学という学問が紐解いてくれたものだった。


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(noteより転記)



「われわれが他人から愛される値うちがあると思うのは誤りであり、それを望むのは不正である。もしわれわれが生まれつき分別よく公平であって、われわれ自身と他人とをよく知っていたならば、われわれは自分の意志にこのような偏向を与えはしなかったであろう。とはいえ、われわれは生まれつきそのような偏向を持っている。つまり、生まれつき不正である。」(『パンセ』より)
これ。冷たいようにも見えかねないけど、私にとっては心底すごく「安心」するような話だったし、実際「パンセ」の中で一番好きなのはここ。ブレーズさんは本当に、人間のそのような「生まれつきの不正さ」が、好きだったのだろうなぁと勝手に思いを馳せられる。
(noteより転記)




19:48 差延。現象が「ずれ続けるもの」ならば。自己は固定されていて、理解されきるべきものだなんて考えは、私自身が最も嫌ったものではなかろうか?たとえ自分自身でも、ジョハリの窓の4つめのような部分だって確実に存在するのだし。
解らないのは、罪でも、寂しさでもないのかもしれない。マインドフルネスは嫌い。だけど、エポケーは好き。言い方の問題。光の当て方の問題。心理学の「あなたのままでいいよ」より、ハイデガーのDaseinが心に響いたのだ。19:52

(アナログ日記より)





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(noteより転記)



地平の更新は経験に依るものではない。「経験の意味の捉え方」に依るもの。よくある自己啓発文脈の「海外旅行してみ?世界変わるで!」というのは、一概にそうでもない。部屋から出ずに読書をしているだけでも「地平が開ける」ことは充分にあり得る。私の意識が、その経験をどう捉えているか?

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