[主な“外部脳”としてnoteを使用しているため、こちらにはnoteから転記した文章が多くなる。もう一つの保存場所というようなイメージ]
プロフィール
HN:
Wahrheit
年齢:
35
性別:
非公開
誕生日:
1990/07/22
自己紹介:
観測・収集・編纂・断章。非ロマン思想と、ロマン的表現の両立。JubelとÜbel。精神的環世界説。
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信号のない横断歩道で私はいつでも挙手してから渡る。運転者の驕りなのか、慢心なのかは知らないが、誰もいないなんて思うなよ、先に通り過ぎたいなんて思うなよ、私はここに居て、渡ろうとしているんだ。轢いてもいいけど、轢いたらお前が悪いんだ。
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「私が、私が」と前に出ることは、その代わりに、かけがえのない内在の本意が無垢さを失う側面がある気がしている
私がここに居る/居た
事実など、
大々的に知らしめなくていい。
ただ、
なかった事にされるのは
耐えられない。
事実など、
大々的に知らしめなくていい。
ただ、
なかった事にされるのは
耐えられない。
その人は所謂Assigned Male At Birthだったが、
「ゆかり」という名義を好んでいた。
それをその人が名前として呼ばれる機会があった時、
相手は「ゆかりさんと呼べばいいかな」と尋ねた。
そしてそれへの返事は「ゆかり"ちゃん"で!」だった。
「ゆかりちゃん」はあの日、自分を極力偽らずそこに存在していた。
私が望ましく思うことの実例として残り続ける記憶の一片。
「ゆかり」という名義を好んでいた。
それをその人が名前として呼ばれる機会があった時、
相手は「ゆかりさんと呼べばいいかな」と尋ねた。
そしてそれへの返事は「ゆかり"ちゃん"で!」だった。
「ゆかりちゃん」はあの日、自分を極力偽らずそこに存在していた。
私が望ましく思うことの実例として残り続ける記憶の一片。
悲劇的な終わり方に、私の生を回収することはできない。
