[主な“外部脳”としてnoteを使用しているため、こちらにはnoteから転記した文章が多くなる。もう一つの保存場所というようなイメージ]
プロフィール
HN:
Wahrheit
年齢:
35
性別:
非公開
誕生日:
1990/07/22
自己紹介:
観測・収集・編纂・断章。非ロマン思想と、ロマン的表現の両立。JubelとÜbel。精神的環世界説。
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真実[Wahrheit]は、free的な側面とliberty的な側面を両方抱えている。そのまま現れるものとしての真実と、己が選び引き受ける真実。
生まれ落ちるということ自体が、欠けることでもある。だが、悲観はいらない。
私はなるべく誤らないために、「完成してから出す」という行為をひかえている。
(各断章、noteより転記)
生まれ落ちるということ自体が、欠けることでもある。だが、悲観はいらない。
私はなるべく誤らないために、「完成してから出す」という行為をひかえている。
(各断章、noteより転記)
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(noteより転記)
(26.3.25)
22:27 [青の文字]Jubelは、苦しみの中ですら発生しうるふしぎな感覚。[緑の文字]きっと、ここまで来た。
22:28 自分はもうひとり居る。物理的にではないし、イマジナリーフレンドでもないけど、もうひとり居る。たしかに。
「一者のなかの二者」――ハンナ・アーレント
(26.3.25)
22:27 [青の文字]Jubelは、苦しみの中ですら発生しうるふしぎな感覚。[緑の文字]きっと、ここまで来た。
22:28 自分はもうひとり居る。物理的にではないし、イマジナリーフレンドでもないけど、もうひとり居る。たしかに。
「一者のなかの二者」――ハンナ・アーレント
自己を正当化したいような生き物が、正当なわけが無いので、或る意味では妥当な線にわれわれはいつも居るのだ。
人と関わるとは、たとえ相手が一人でも広義的には社会参加にあたることだと、私は思う。そして私には「社会参加は倫理的には良いこととされるから、なるべく行う」というぐらいの価値観しか実はない。
人と関わらなくても社会が問題にしない、その上で生物的にも問題ないというような仕組みになっていたら、家でずっと本を読んだりパソコンを触ったりしていたかもしれない。
然し、それで別段問題ないと思っている。私のライフワークはほぼほぼ「観測」であるから。
人と関わるとは、たとえ相手が一人でも広義的には社会参加にあたることだと、私は思う。そして私には「社会参加は倫理的には良いこととされるから、なるべく行う」というぐらいの価値観しか実はない。
人と関わらなくても社会が問題にしない、その上で生物的にも問題ないというような仕組みになっていたら、家でずっと本を読んだりパソコンを触ったりしていたかもしれない。
然し、それで別段問題ないと思っている。私のライフワークはほぼほぼ「観測」であるから。
人がそれを星の形とも見なす
五つの放射。
その形状で後世に残った
ジュラ紀のウミユリの茎。
五つの放射。
その形状で後世に残った
ジュラ紀のウミユリの茎。
生ぬるい風の生成にしたがって
それは垂れ下がり、
ゆらゆらと揺すられる。
ライムグリーンをした
繊維の集積は、
人にそれを
葉のようにみせる。
風の冷たさを
頬と耳のどちらがより
敏く感じているかを
確かめている。
わからないな。
青葉の色は
赫の色素をも抱える。
貴方が何処に居たのか
わからないけれど、
結局ここに居ることを
教えてくれている。
jubel.
黄色い二つの個[じつは一つである]から、
立ちのぼるようにして
私の輪郭が描かれる。
冬はまだ終わらずに居る。
しょうもないことを、書き留めることで
存えている。
薄桃色のやわらかい丸みが
幾重にもなって
その構造を表している。
冬が終わったか定かではないが
バラの花は咲いていた。
私がこちらから歩いてきて
向こうから出てくる私が出現するが、
尤もそれは
私の為に置かれた装置ではない。
赤と黄色の印は
朝からうごいている。
そこに人が集り、
飯を食う。
それは垂れ下がり、
ゆらゆらと揺すられる。
ライムグリーンをした
繊維の集積は、
人にそれを
葉のようにみせる。
風の冷たさを
頬と耳のどちらがより
敏く感じているかを
確かめている。
わからないな。
青葉の色は
赫の色素をも抱える。
貴方が何処に居たのか
わからないけれど、
結局ここに居ることを
教えてくれている。
jubel.
黄色い二つの個[じつは一つである]から、
立ちのぼるようにして
私の輪郭が描かれる。
冬はまだ終わらずに居る。
しょうもないことを、書き留めることで
存えている。
薄桃色のやわらかい丸みが
幾重にもなって
その構造を表している。
冬が終わったか定かではないが
バラの花は咲いていた。
私がこちらから歩いてきて
向こうから出てくる私が出現するが、
尤もそれは
私の為に置かれた装置ではない。
赤と黄色の印は
朝からうごいている。
そこに人が集り、
飯を食う。
